2015年9月から3年間、私はJICAシニアボランティアとして、カリブ海に浮かぶ秋田県ほどの大きさの島国・ジャマイカの首都キングストンに派遣されました。赴任先は、国内最高峰の芸術教育機関「エドナ・マンレイ芸術大学」((https://emc.edu.jm/our-schools/)の音楽学部です。
話が来たときは寝耳に水でしたが、迷わず「行きます」と即答しました。ボブ・マーリーを輩出し、レゲエというジャンルで世界中に絶大な影響を与えてきたこの島。「なぜ、これほど小さな島が世界を揺らす音楽を生み出すことができたのか?」それを自分の目で確かめたかったからです。
しかし、大学で私を待ち受けていたのは、非常に複雑で切実な現場のリアリティでした。
講師陣には、欧米のDegree(学位)を持つ高学歴エリートと、世界ツアーを経験してきた叩き上げの現場派レゲエミュージシャンが同居し、指導方針をめぐって常に意見が対立していました。一方、生徒たちは全員がジャマイカのネイティブ(時にレゲエを愛するヨーロッパや日本からの留学生も交じる環境)でした。
幼少期から系統立てた教育を受ける機会に恵まれず、学習の体制や「しつけ」が十分に整わない環境で育ってきた生徒たちにとって、大学が求める体系的なアカデミック教育は非常にハードルの高いものでした。彼らは心から音楽を奏でる「自発性」を何より大切にしていましたが、楽譜や理論を強いられるプログラムの中で、「自分たちの音楽の魂が殺される」と激しく葛藤していたのです。
クラシックとジャズの両方を正規の大学で学んできた私は、どちらの言い分も痛いほど理解できました。強烈な個性と価値観がぶつかり合う現場で、双方の「橋渡し」をすることまでは難しかったものの、どちらの音楽も尊重する私の存在そのものが、両極端な対立の中にいた彼らに「もう一つの違う物の見方」を示すきっかけになっていたと感じています。
毎晩のように熱気が渦巻く2週間の卒業演奏会試験。学外から大物が駆けつけ、生徒が1時間のステージを命がけで完遂させる圧倒的な現場。
葛藤や不器用さを抱えながらも、全身全霊で音を解き放つネイティブの生徒たちの自発的なエネルギー。その生きることと直結した生々しい音の渦の中にこそ、世界を魅了するジャマイカ音楽の爆発的な生命力の秘密がありました。
2018年4月頃、毎学期ごとにある講師演奏会、この時はラテンアメリカがテーマでした。(ピアノ演奏しているのは私)
こちらは、エドナ・マンレー芸術大学の卒業試験の一つ。生徒は1時間のコンサートをオーガナイズしてリーダーとして完遂させます。学内外からの試験官が審査します。これは、学校の年間イベントの中でも一番大事なイベントで、2週間にもわたり毎晩このようなコンサートが続きます。学外からもたくさんのお客さんが来ます。こちらの卒業演奏会のビデオは、ドラムの生徒の卒業試験ですが、世界的に大人気のレゲエミュージシャンで不動の人気を保っているChronixxのボーカルまでもやってきました。
下は、ピアノ以外の楽器やボーカルを専攻している生徒たちの鍵盤楽器スキルのクラスの様子です。生徒たちは2年間履修する必要があるので、大変だったけど、このクラスを担当したおかげで、ピアノ以外の生徒たちを全員知ることができました。
すっかり、ジャマイカの音楽が大好きになりましたが、レゲエはピアノで弾かないの?といわれれば、好んで弾きません。ジャマイカ人や外国人でジャマイカにレゲエのためにやってくる方達を差し置いて私が弾いてもいつも取ってつけたような演奏になってしまうからです。それでも、学内でジャマイカンドラミングのクラスに参加したりと、ジャマイカの音楽をもっと理解したくて色々チャレンジしていました。みんな仲間に入れてくれてありがとう。
ジャマイカでは音楽は、生活の中になくてはならないものです。『なぜにここの人々はここまでに豊かな音楽文化を育むことができたのか?』と言う疑問がわきました。そして、その一方で日本の現状のことを思います。日本は、多分世界一ピアノレッスンが盛んで一般化・大衆化されているでしょう。でも、私が音楽をやっているということを人に話すと、かなりの確率で『私も子供の頃ピアノレッスンをやっていたけど、苦痛だったんだよね』と言われることが多く、本当にいつも残念な気持ちになり、自分の仕事に対しても自信がなくなります。日本人の日々の生活の中に音楽が浸透している感じもしません。そのような『どうしてなのか?』と言う疑問にある程度の答えを出したくて、そして、自分がどのように音楽を通して社会に少しでも良い影響を与えることができるのか考えるきっかけをジャマイカのミュージシャンたちとの日々の中で与えてもらいました。感謝🙏