〜「即興演奏」へのアプローチとアメリカでの13年。密室での技術追求と、社会の中で抱き続けたジレンマ〜
インドでの強烈な体験を経て、私の中にひとつの大きな問いが残りました。
「即興演奏っていったい何なのだろう?」
日本の音楽大学を卒業し、ピアノを教え始めていたものの、当時の私には自分の知識や技量が圧倒的に不足しているという強い焦りがありました。「生徒にちゃんと教えられていない」という不甲斐なさと向き合い、自分の人生を大きく変えるために、全く違う環境であるアメリカへ挑戦することを決めました。
「即興演奏」という問いに向き合うアプローチとして、ジャズピアノを学ぼうと渡った先は、ボストンのバークリー音楽大学でした。特別ジャズやポピュラー音楽ばかりを聴いて育ってきたわけではありませんでしたが、ピアノを通して即興の構造や自由さを掴むための選択でした。
世界中から集まる才能の中で、高度な和声理論やコード展開、即興の技術を徹底的に叩き込み、自分自身の個性を試される日々。技術を高めるためにひたすら自分を追い込み、ものすごく狭い世界へと入り込んでいく——。今振り返ればそれも必要な鍛錬の時代でしたが、大学を卒業し、社会に出て音楽家として生活を立てようとした時、新たな大きな問いが持ち上がりました。
「私がここで必死に磨いている技術や音楽は、社会の中で一体どのように役に立っているのだろう?」
ボストンからロサンゼルスへ引っ越し、カリフォルニア音楽指導者協会(MTAC)正会員としてピアノを教え、演奏活動を重ねていく中で目にしたのは、富裕層の子供たちへのレッスンや、高級ホテル、プライベートパーティー、バーといった限られた空間での演奏機会でした。社会との繋がりが非常に限定されている環境の中で、「自分は社会の役に立っていないのではないか」という思いが日に日に強くなっていったのです。
技術や理論は身についた。けれど、自分のやっていることが社会の中でどう活かされているのかが見えない——。このロサンゼルスで抱き続けた強いジレンマと「本当の意味で社会と繋がりたい」という情熱が、私を青年海外協力隊(JICA)に応募させ、次なる地・チュニジアへと向かわせることになります。